その母船は一個の生きものになったように思われ、洋上客船が沈没するときに、その船長がどんな気持がするかを私はそのとき初めて理解したのでした。
多くの場合、船長は乗員を脱出させて自分は船と運命をともにします。
もし船長が船を離れるということになれば、彼は船が見えなくなるまで見続けますが、そのとき彼の一部分が船とともに沈むように感じます。
そして彼の一部はけっして忘れることのできない船とともに沈んでしまったのです。船の印象はそれほど強烈であったのです。
船の生命は船長の生命でもあったので、船長と船とはきわめて密接に暮らしていましたから、両者は互いに気持をわかちあっていた二人の人間のようになっていました。
一つは船長の英知で、船はその従者でした。この状態を通じて両者は一体化していたのです。
以上は、ひとたび人間が生命との一体化のもとに生きるとき、意識の英知に関連した万物にもたとえられることです。
これが、私が宇宙船内にいたときに感じた事柄です。
第8講ではこのことをもっと詳細に説明しましょう。
久保田八郎 訳「レクチャー7●宇宙的記憶」より
母船をまるで生き物の様に感じ、大型船の船長は自分の船が沈む時にどんな気持ちになるかを初めて理解出来ました。
通常は、全乗組員を避難させながらも船長は船に留まります。
いよいよ船を去らなくてはならない時には、船が沈んで見えなくなるまで見続け、あたかも船と共に自分の一部が沈んでしまった様に感じるのです。
確かに、彼の一部は、忘れる事の出来ない船と共に海に沈んだのです。何故なら、それほど船の印象は船長にとって強烈だったからです。
船の生命は船長の生命でもありました。船と船長は大変親しく、共に過ごし、まるで人間同士の様に互いにフィーリングを与え合いました。
一方は船長の英知であり船は従者でした。こうして二者は融合(一体化)していたのです。
この事は、ひとたび生命の融合(一体化)のもとに生きるならば、宇宙の英知に関わる万物の生命に当てはまります。
以上が母船に乗船した際に私が感じた事です。
次の課では、これに関して更に詳細に述べる事にします。
篠芳史 監訳「第七課 宇宙的記憶」より
SCIENCE OF LIFE - STUDY COURSE in "LESSON SEVEN Cosmic Memory"