以上ここでは互いに密接な関係にある二人の人間を例にあげましたが、これはまた大勢が同じ手本を応用する場合に一人だけを代表者にする例にもなります。
このことは、われわれが神と呼んでいる意識なるものは全包容的であることを示しています。
二人の人間が親密になることによって一体化し、互いに相似てくるのと同様に、一個人はエゴのかわりに常に神(意識)というものを考えるならば、いつか神と一体化し、神に似てくることになるのです。
しかし本人の個人性は存続します。ただ普通の人間と違うのは、本人の心がわれわれが神と呼ぶ知覚されている意識と混和しているという点です。
その場合の心は従来どおりに日常の仕事を遂行しますが、結果(現象)の世界において賢明に行動するための力と英知とをそれに(心に)与えている意識なるものの存在に本人は気づいています。
すると心はイエスが次のように述べた言葉の意味と同じ感じを持つことになります。「私がするのではなく、父が私を通じてなし給うのだ」。
これが”宇宙的意識”です。
久保田八郎 訳「レクチャー7●宇宙的記憶」より
以上は、互いに親しい関係にある二人を例に述べました。一方、これは、大勢が同じパターンを用いる場合、一人が代表となる時にも起こる現象です。
これは神、即ち意識が万物を包括している事を表わしています。
そして、二人の人物が親しく交わり、融合(一体化)し互いに似てくるのと同様に、エゴの代わりに神の言語で思考すると、人は神と一体化し神に似てくるのです。
しかし、本人の個性は保たれたままです。以前との違いは、いわゆる神、即ち知覚状態にある意識とセンス・マインドが融合(一体化)している点です。
センス・マインドは通常の仕事を以前と同様に遂行する事が出来ますが、意識の存在に常に気づいています。そして、この意識は結果の世界で賢明に働く為にマインドにパワーと英知を与えているのです。
この状態に至ると − 私が成すのではなく父が私を通して全てのことを行なうのだ − とイエスが言った時に感じた様にマインドは感じるでしょう。
これが宇宙の意識です。
篠芳史 監訳「第七課 宇宙的記憶」より
SCIENCE OF LIFE - STUDY COURSE in "LESSON SEVEN Cosmic Memory"