だからこそイエスのごとき偉大な指導者が「肉体を斬る者を恐れないで、魂を斬る者を恐れよ」と強調したのです。
この言葉の意味を考えてみましょう。
人間は二つの魂を持っています。センスマインド(感覚器官によって形成される普通の心)の魂と意識の魂の二つです。
いわゆる具体的なもろもろの結果(現象)にのみ執着することによって起こる記憶の喪失のために斬られるのは(無価値とされてしまうのは)センスマインドです。
永遠の生命を保つためには記憶というものが基本となることがこれでわかるでしょう。
イエスは自分のセンスマインドを意識と混和させていました。それで彼は「私はこの世にいるが、この世から出た者ではない」と言ったり、その他自身の過去に関して多くの発言をしたのです。
記憶を運び、記録の書を含んでいる意識なるものに自己を混和させなかったら、イエスもそうした記憶を保つことはできなかったでしょう。
久保田八郎 訳「レクチャー7●宇宙的記憶」より
それ故、イエスの様な偉大な教師が − 肉体を斬る者を恐れず魂を斬る者を恐れよ − と力説したのです。
この言葉の意味を考えてみましょう。
人間は二つの魂を持ちます。センス・マインドの魂と意識の魂の二つです。
センス・マインドは具体的な結果だけに固執する事によって記憶を失い消滅する場合がある為、
記憶は生命を永続させる為に不可欠なものであると分かります。
イエスはセンス・マインドを意識と融合させたからこそ − 私はこの世にいるがこの世の者ではない − と語り、イエスの過去に関する多くの事を述べたのです。
記憶を運び記録の書を包括する意識と融合しなければ、イエスでさえもこれらの記憶を保つ事は出来なかったでしょう。
篠芳史 監訳「第七課 宇宙的記憶」より
SCIENCE OF LIFE - STUDY COURSE in "LESSON SEVEN Cosmic Memory"