われわれは表現または”現れ方”を基礎として知能の段階を分類しているのではないでしょうか。
われわれは人がいかに立派に自分を表現するか、またはいかに立派に物を作り出したり、行動したりするかによって人間の知能の程度を計っているのではありませんか。
ですから個人が社会の標準に達していなければその人は低能と呼ばれます。
さまざまの結果を生み出すときに、より秩序あるように見えるこのような現れ方は、知性の表現者である人間を戸惑わせることにならないでしょうか。
それはたしかに迷惑なことです。そして先へすすむにしたがってこのことがよくわかってくるでしょう。
しかしこのことは万物を支配する宇宙の法則ばかりでなく、全体的な宇宙の英知が存在することを示しています。
そしてこの英知は形態を必要としません。なぜなら英知自体がいろいろの目的のために万物の内部に具体化しているからです。
そしてガスや無機物の領域を通じて万物はこの英知に従っているのですが、人間だけは別です。
久保田八郎 訳「レクチャー4●万物の相互関係」より
ところで、我々は知性の段階を表現、すなわち現象に基づいて分類しているのではありませんか。
いかに的確に自己表現し、巧みに物を作り、行動するかによって人の知性を判断しているのでありませんか。
従って、社会的な水準に達していないと、その人は知能が低いと言われます。
結果においてより整然と現れるこうした現象は、知性を表現する人々の向上心を損ねるのではないでしょうか。
これは当然の事で、しかも努力を続ける程この現象は明確に感じられます。
しかし、これこそあらゆる創造物を支配している宇宙の法則、すなわち全包容的な宇宙の英知の存在を示しているのです。
そして、英知は様々な目的の為に万物の中に具体的に表現されるのであり、一つのフォームだけを必要とするのではありません。
そして、気体や無機物の領域を通して、人間以外のあらゆる現象はこの英知に従おうとしています。
篠芳史 監訳「第四課 万物の相互関係」より
SCIENCE OF LIFE - STUDY COURSE in "LESSON FOUR The Relationship Of All Creation"